福岡地方裁判所柳川支部 昭和41年(ワ)19号 判決 1968年4月08日
原告
香月努
被告
株式会社矢次モータース
ほか二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告(請求の趣旨)
被告らは各自原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年五月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
被告株式会社矢次モータース敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二、請求原因
一、被告株式会社矢次モータース(以下被告会社という)は、昭和三八年一二月一九日から昭和四〇年一一月一八日までの間、自動車登録番号福五せ七八四〇、車名ダツトサン、型式二一一―一九五九、車台番号二一一―九―一一八九四八、原動機の型式Cの普通自動車(以下被告車という)を所有し、これを自己のため運行の用に供していた。
二、被告藤木義人(以下被告義人という)は、右当時被告会社から委託を受けて被告会社の名において自動車の販売に従事していたものであつたが、昭和四〇年五月一〇日午後五時四〇分頃、長女の訴外藤木妙子を耳鼻科病院に連れて行くために、自動車販売の目的で被告会社から借用していた被告車の後部座席に右妙子を乗せ、自己は助手席に乗り、妻の被告藤木美代(以下被告美代という)に被告車を運転させて福岡県山門郡三橋町大字藤吉四七八の二番地先幅七・一〇米の道路を北進していたところ、
三、被告美代は、同所附近は道路の両側に店舗や人家が立ちならびかつ交差点の手前でもあるので、自動車を運転する者として前方ことに左右両側の人家の出入口をよく注視し道路を横断しようとする者に備えて進行し、事故の発生を防止すべきであるのにこの注意義務を怠り、時速約三〇粁で漫然と進行した過失により、進行方向左側にある煙草店で立話をしていた原告の発見ができず道路を横断しようとして出てきた原告を左前方約二米の地点で発見し、どうすることもできずに被告車左前部で原告を約二・五米はねとばし、しかもかかる場合急ブレーキを踏み人体に対する危害を最少限度にとどめるべきであるのにこれを怠つた過失によつてさらに路上に転倒した原告の腹部附近を轢き、よつて原告に対し入院加療五三日、通院加療約五日、その後自宅療養を要する背部・腰部両下肢打撲擦過傷、左第一〇肋骨々折、第一〇胸椎圧迫骨折の傷害を負わせた。
四、したがつて被告会社は自動車損害賠償保障法三条の運行供用者として、被告義人は被告美代に対して一時的使用関係にあつた者であるから民法七一五条の使用者として、かりに以上が認められないとすれば被告車の所有者であるから自動車損害賠償保障法三条の運行供用者として、被告美代は民法七〇九条の不法行為者として、各自原告に対し本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
五、本件事故により原告の蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 得べかりし利益の喪失による損害金二、七二八、七四〇円
原告は本件事故当時柳川運輸株式会社に自動車運転手として勤務し、昭和四〇年一月から同年五月までの給料の平均日額は金一、二四六円であり、本件事故にあわなかつたならば以後少くとも同額の収入を得ていた筈である。
ところが原告は本件事故によつて前記のような重傷を負い、後遺症として脊柱に運動障害を残し、重量物を持ちあげることができないのは勿論同姿勢を四〇分以上続けることや自由に背を曲げることができず、背を曲げようとするど必ず疼痛を伴うので以後の労働能力に影響をうけていることは明らかである。その程度については労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級表によることが公平に適すると考えられるところ、同表によれば脊柱に運動障害を残すものは同表第八級に該当し、労働能力喪失率は一〇〇分の四五とみるのが相当である。
原告は本件事故当時満二九才(昭和一〇年八月二日生)であり満二九才の男子の平均余命は四〇・五九年であるから少くとも本件事故の日以後四〇年は生存し稼働しうる筈である。
してみると原告は、本件事故によつて右四〇年間にわたり毎日一、二四六円の四五パーセントの収益を喪失することになる。この将来得べかりし利益の喪失額を本件事故発生時に一時に請求するのでホフマン式計算方法(単式)により年五分の中間利息を控除して計算すると金二、七二八、七四〇円となる。
(二) 慰藉料金一〇〇万円
原告は、昭和二九年六月二四日から本件事故当日まで訴外柳川運輸株式会社に自動車運転手として勤務してきた者であるが、本件事故による前記傷害のため非常な肉体的苦痛を受けたうえ思いもよらぬ不具者となり、また妻と二人の子供(四才と二才)を抱え一家の支柱となつて働かねばならないのに本件事故のため以後自動車運転手としては働くことができず一家の生計、子供の将来を考えるとき全く目の前が真暗になる思いであり、はかり知れない精神上の損害を蒙つたわけであるから、これを金銭に見積るとすれば金一〇〇万円が相当である。
六、以上の理由により原告は被告らに対し、各自前記損害金合計三、七二八、七四〇円の内金二〇〇万円とこれに対する本件事故発生の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告会社の答弁
一、請求原因第一項の事実中、被告車が原告主張の期間被告会社所有名義で登録されていた点は認めるがその余は否認する。
二、同第二項の事実中被告義人が右当時被告会社から委託を受けて被告会社の名において自動車の販売に従事していたという点、自動車販売の目的で被告車を被告会社から借用していたという点はいずれも否認し、その余は不知、
三、同第三項は不知。
四、同第四項の被告会社に対する主張は争う。被告会社は被告車を昭和三九年一月一四日訴外井上保に金五万円で売却し、同訴外人においてさらに被告義人らに売つたものと思われるが、登録が被告会社名義となつたままであつたにすぎず、本件事故当時被告会社は被告車の運行その他に全然無関係であつたものであるから自動車損害賠償保障法三条の適用は受けない。
五、同第五項は不知。
第四、被告義人、同美代の答弁および抗弁
一、請求原因第二項の事実中、被告義人が昭和三八年一二月一九日から昭和四〇年一一月一八日までの間被告会社から委託を受けて被告会社の名において自動車の販売に従事していたという点、被告義人が自動車販売の目的で被告車を被告会社から借用していたという点は否認し、その他は認める。
二、同第三項の事実中、原告主張の日時場所態様で事故が発生したことは認める。しかし当時被告車の速度は時速約二〇粁であつた。また事故の原因は被告美代が被告車の運転に関し注意を怠つたためではなく、原告が突如被告車の進路前面に飛び出したためであつて、事故は原告の一方的過失によつて生じたのである。
三、同第四項の事実中、被告義人が被告車の所有者であることは認めるがその余の主張事実は争う。事故当時被告車の調子は良好であつた。
四、同第五項の事実中、原告が本件事故当時柳川運輸株式会社に自動車運転手として勤務していたことは認めるが、後遺症のため労働能力に影響を受けているという点は否認する。
第五、証拠 〔略〕
理由
第一、被告会社に対する請求について
〔証拠略〕によれば、原告主張の日時場所において、被告車が原告と衝突し、その結果原告が背部、腰部、両下肢打撲擦過傷、左第一〇肋骨々折、第一〇胸椎圧迫骨折の傷害を負つたことを認めることができ、被告車が原告主張の期間被告会社の所有名義で登録されていたことは当事者間に争ないが、証人井上保の証言および被告義人の供述によれば、被告車は被告義人が昭和四〇年四月頃訴外井上保から買受けたもので、本件事故当時同被告の所有に属していたこと、井上保は被告車を昭和三九年一月頃被告会社から買受けたのであつたがその後自動車登録上の所有名義変更手続を怠つていたため登録上の所有名義のみが本件事故当時も依然として被告会社になつていたものであること、被告会社と被告義人とは右自動車登録以外にはなんらの関係もないことが認められ、ほかに右認定を動かすにたる証拠はない。してみると被告会社は本件事故当時被告車の運行についてなんらの支配権も利益も有しなかつた者であるから自動車損害賠償保障法三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」にはあたらず、したがつて本件事故による損害を賠償すべき責任はない。
第二、被告義人、同美代に対する請求について
一、原告主張の日時場所において、被告美代の運転する被告車が原告と衝突し、その結果原告がその主張のような傷害を負つたことは当事者間に争のないところである。
二、そこで右事故の原因が被告美代の過失によるものかどうかにつき考える。
〔証拠略〕を綜合すると
(一) 本件事故の現場は、歩車道の区別のない幅員七・一米の南北に走る舗装道路(二級国道二〇八号線)の池末友市方(煙草屋)前附近で、道路沿いに右池末方のほか各種商店および人家が並んでいるが、事故現場附近道路はほゞ直線で視野を妨げる障害物はないこと、昼、夜間とも車両の通行が多いこと、最高時速三〇粁の速度規制がなされていること、
(二) 被告美代は被告車を運転して道路左側を側溝より約一米内寄りに時速二〇粁位で事故現場にさしかかつたところ、前記池末方煙草陳列ケース前の道路西側溝間際に立つていた原告が急にタクシーを呼びとめるような恰好で片手を挙げながら被告車の直前に飛び出してきたのであわてて急制動の措置をとつたがそのまえに被告車左前部が原告に衝突して原告を前方に突き倒し、転倒した原告を被告車左前輪で轢いたのち急停車したこと、
(三) 原告はこのとき勤先での仕事を終えて帰る途中であり、事故直前一万円札を小銭に両替してもらうため池末方に行き、同人方煙草陳列ケース前に立つていたのであるが、たまたま知合いのタクシー運転手河野正雄がタクシーを運転して北方より池末方前附近道路にさしかかり、原告を認めて合図の警音器を鳴らしたので原告も右河野に気づき、その運転するタクシーに乗せてもらつて帰宅すべく、ただちに同人に向つて片手を挙げると同時に右タクシーめがけて走り出したこと、その際原告は右方道路に全然注意を払わず、しかもやゝ左(北方)向きに斜に道路を横断しようとしていたため右方から被告車が間近に接近してきていることに気づかず道路上に飛び出した途端に被告車と衝突したもので、原告が動きはじめて被告車にはねられるまでは一瞬の出来事であつたことを認めることができ、右認定に反する原告の供述および甲第四号証(原告の司法警察員に対する供述調書)の供述記載は他の証拠に照らして措信できない。
よつて以上の事実関係から考察すると、本件事故に関しては被告美代に自動車運転上の過失があつたと認めることはできず(もつとも前掲各証拠によれば原告が道路に飛び出した際の被告美代の急制動措置は幾分迅速を欠いたことがうかがわれるが、危険の突発に対する知覚、反応時間は実際上運転技術の熟練度等による個人差があることをも考慮すると、本件の場合注意義務違反を推測させるほど急制動措置が遅れたことは認め難い)、道路を横断する以上左右道路の安全、ことに道路手前を走行する右方からの自動車に注意を払うべきは当然であるのにこれを怠つていきなり道路に飛び出した原告の一方的過失によつて本件事故は惹き起されたというべきである。
したがつて被告美代には右事故による原告の損害を賠償すべき義務はない。
三、そこで進んで被告義人の損害賠償責任について考える。
原告の被告義人に対する本訴請求は、本位的に民法七一五条に、予備的に自動車損害賠償保障法三条に基くものであるが、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者(自己のため自動車を運行の用に供する者)の範囲には民法七一五条の使用者を含み、かつ前法の免責要件は後法のそれをさらに厳格にしたものであるから自動車事故による人身損害の賠償請求については民法七一五条に対する特別法たる自動車損害賠償保障法三条のみが適用されるものと解すべきである。
しかして本件事故当時被告義人が長女を病院に連れて行くために同被告所有の被告車を妻の被告美代に運転させていたことは当事者間に争のないところであり右事実によれば被告義人は被告車の右運転につき自動車損害賠償保障法三条の運行供用者の地位にあつたものであるが、本件事故は前記認定のような原告の自殺行為的な一方的過失によつて惹き起されたもので、被告義人にとつては(被告美代にとつても勿論)不可抗力によつて生じたものと認むべきであり、したがつて被告義人が被告車の運行に関して注意を怠らなかつたかどうか、被告車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたかどうかは本件事故の発生とは因果関係がないからこれらの存否を問うまでもなく運行供用者たる被告義人にも本件事故による損害を賠償すべき責任はない。
よつてその余の争点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 梶田英雄)